鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術とは?切開する方法との違いを専門医が解説
鼠径ヘルニア(脱腸)の手術には、大きく2つの入り方があります。鼠径部を切って外側から直す方法と、おなかに小さな穴を開けて、内側からメッシュで塞ぐ方法。後者が腹腔鏡手術です。
当院で使っているのは腹腔鏡、そのなかでもTAPP法と呼ばれるやり方です。
もっとも、どちらが優れているという結論は、日本ヘルニア学会のガイドラインも出していません。項目ごとに得意な面が分かれていて、体の状態と執刀する側の慣れで決まります。そのあたりを、都合のいいところだけ抜かずに書いておきます。

この記事で分かること
- 腹腔鏡手術で、実際に何をしているのか
- 鼠径部を切る方法と、どこが違うのか
- TAPP法とTEP法の違いと、当院がTAPPを使っている理由
- どちらが優れているかについて、ガイドラインが何と言っているか
- 腹腔鏡が向かない場合
- 執刀する医師の経験は、結果にどう影響するのか
目次
1. 腹腔鏡手術で、実際に何をしているのか
1-1. おなかに開ける穴は3つ
おなかに開ける穴は、5mm前後のものが3つだけ。
そこからカメラと細い器具を入れて、モニターを見ながら進めます。ヘルニアで弱くなっているのは腹壁の内側なので、その内側にメッシュを敷いて覆う。どこが弱くなっているのかは鼠径部の構造のページで図を使って説明しています。飛び出す出口を外から縫い縮めるのではなく、内側から面で塞ぐ考え方です。足の付け根そのものにメスは入りません。
1-2. 「内視鏡手術」との関係
「内視鏡手術」と呼ばれることもあります。おなかの中に入れる内視鏡が腹腔鏡なので、指しているものは同じです。手術方法の選び方のページでは、切る方法も含めて並べて比べています。
2. 鼠径部を切る方法と、どこが違うのか
ちがいは3つ。①入り口が「おなかの穴3つ」か「足の付け根5cm」か ②メッシュを当てる面が内側か外側か ③反対側を同じ視野で確かめられるかどうか
2-1. 入り口と、メッシュを当てる面
いちばん違うのは、体に入っていく入り口です。
切開法のほうは足の付け根を5cmほど切って、弱いところに外側からメッシュを当てます。長く行われてきた方法で、局所麻酔でもできます。腹腔鏡はおなかの内側から同じ場所を覆うので、メッシュが当たる面は逆になります。最後に敷かれる場所そのものは、どちらも変わりません。ここで塞ぐのは立つと出て横になると消えるふくらみの出口にあたる部分です。

| 腹腔鏡手術 | 鼠径部切開法 | |
|---|---|---|
| 入り口 | おなかの穴3つ(5mm前後) | 足の付け根を5cmほど |
| メッシュを当てる面 | 内側から | 外側から |
| 麻酔 | 全身麻酔 | 局所麻酔でも可能 |
| 反対側 | 同じ視野で確かめられる | 確かめられない |
| 大腿ヘルニアの見落とし | その場で分かる | 分かりにくいことがある |
2-2. 反対側と大腿輪を、その場で確かめられる
下2行が、当院が腹腔鏡を使っている理由です。外か内か、反対側はどうか、鼠径靱帯の下に大腿ヘルニアが隠れていないか。診察室で決めきれなかったことが、その場で確かめられます。外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアの違いは下腹壁動静脈のどちら側かで決まるのですが、これも手術中に見て初めて確定します。

専門医のワンポイント
外来でご相談を受けるなかで、「傷は何か所ですか」と聞かれることがよくあります。当院のTAPP法では、おへその周りとその下に5mm前後の穴を3つ。足の付け根そのものにメスは入りません。ただ、穴が小さいことと体への負担が小さいことは、完全に同じ話ではありません。全身麻酔をかけておなかを膨らませる必要がありますので、そこは切開法と違うところです。
3. TAPP法とTEP法。腹膜を切るか、切らないか
腹腔鏡と一口に言っても、なかはさらに2つに分かれます。
3-1. 腹膜を切るのがTAPP、切らないのがTEP
いったんおなかの中に入り、腹膜を切り開いてメッシュを置き、切った腹膜を閉じ直すのがTAPP法。おなかの中には入らず、腹膜の外側の層だけを剥がして進むのがTEP法です。最終的にメッシュが落ち着く場所は同じで、違うのはそこへ至る道筋のほうです。

3-2. 当院がTAPP法を選んでいる理由
TAPP法をとっているのは、おなかの中をいちど通るぶん見渡せる範囲が広いからです。反対側も大腿輪も同じ視野に入ります。逆に、以前おなかの手術を受けていて癒着が強い方では、TAPPだと入りにくいことがあります。そこはTEPのほうに分があります。なお、飛び出す場所が鼠径靱帯より下になる女性に多いとされる大腿ヘルニアでも、同じ腹腔鏡で対応できます。

なお、ガイドライン2024には、TAPPとTEPを直接比べたクリニカルクエスチョンが置かれていません。どちらが上という記載自体が無い、ということです。外側から出るタイプの手術については外鼠径ヘルニアの初期症状と左右の出かたでも触れています。
4. どちらが優れているとは、ガイドラインも言っていない
ここは、はっきり書いておきたいところです。
先に結論。腹腔鏡と鼠径部切開メッシュ法のどちらが優れているかについて、ガイドラインは一方に決めていません。項目ごとに得意な面が分かれています
4-1. 「双方を条件付きで推奨する」と書かれている
日本ヘルニア学会の『鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2024』は、初めての片側・男性の鼠径ヘルニアについて、腹腔鏡手術と鼠径部切開メッシュ法の「双方を条件付きで推奨する」としています。どちらか一方に決めていません。19のランダム化比較試験を集めた結果がそうなった、ということです。

項目ごとに分かれている
- 腹腔鏡が有意に良かった:手術部位の感染、手術直後の痛み、長引く痛み、仕事や日常生活に戻るまでの早さ、入院期間
- 鼠径部切開法が有意に良かった:血管を傷つける割合、精巣の痛み、途中で術式を変える割合、手術時間
- 差が認められなかった:再発率、臓器損傷、尿が出なくなること
鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2024[第2版](日本ヘルニア学会)CQ7-1 より
4-2. 再発率に差が無い、という意外な結果
再発率に差が無かった、というのは意外に思われるかもしれません。傷が小さいほうが再発しにくい、というイメージがありますので。ただ、メッシュで面を覆うという考え方はどちらも同じなので、そこは揃うということなのだと思います。再発が起きるときに何が関わるかは別のページにまとめました。
腹腔鏡を選んでいるのは、上の1行目を重く見ているからです。日帰りで帰っていただく以上、術後の痛みと戻るまでの早さは外せません。実際にいつから何ができるのかは術後の痛みと回復の早見表にまとめてあります。それと、2章に書いた「その場で確かめられる」こと。この2つが理由で、優劣の話ではありません。

専門医のワンポイント
外来でご相談を受けるなかで、「腹腔鏡のほうが新しくて良いんですよね」と確認されることがあります。新しいかというと、国内で始まってから30年近く経っています。良いかというと、上に並べたとおり面によります。他院で切開法をすすめられた方が、それだけを理由に受け直す必要はありません。むしろ、全身麻酔がかけられる状態かどうかのほうが、分かれ目になります。
5. 腹腔鏡が向かないこともある
全員にできる方法ではありません。
5-1. ガイドラインが挙げている2つの場合
ガイドラインは、腹腔鏡を推奨する条件として「腹腔鏡手術を十分習熟した外科医が実施する場合」と書いたうえで、向かない場合を具体的に挙げています。全身麻酔が実施できない方と、以前の開腹手術の影響で強固な癒着がある方。この2つに当てはまるなら、鼠径部切開メッシュ法のほうが推奨されます。ご自身の状態でどちらになりそうかは、入院するかどうかを含めた手術方法の比べ方のほうも見てみてください。


専門医のワンポイント
外来でご相談を受けるなかで、「以前おなかの手術をしたので腹腔鏡は無理でしょうか」と心配される方がいらっしゃいます。手術歴があれば必ず無理、ということはありません。どこをどれくらい切ったか、癒着がどのあたりにありそうかで変わります。ただ、開けてみないと分からない部分も正直あって、その場合は途中で切開法に切り替える判断をすることもあります。そこは先にお伝えしておきます。
5-2. 日帰りにできるかどうかは、別の話
日帰りにするかどうかも、別の話として考える必要があります。重い持病をお持ちの方の日帰り手術について、一律に勧められるだけの根拠はまだ無いというのがガイドラインの記載です(CQ11-1)。当院でも術前の検査と全身の状態を見たうえで、入院できる病院での手術をお勧めすることがあります。
ここは、ご本人の希望だけでは決められないところです。持病のある方や高齢の方の手術の考え方と、保険が使えて自己負担がいくらになるかも見比べたうえで、外来で一緒に決めていきます。
6. 執刀する医師の経験は、結果に影響するのか
外来でいちばんよく聞かれる問いかもしれません。
6-1. 手術時間は短くなる。では合併症は
ガイドラインにこの項目があって、答えは少し込み入っています。経験を積むと手術時間は短くなる。これはどの報告も一致しています。ところが合併症と再発については、経験のある内視鏡外科医の指導下であれば変わらなかった、適切な指導医の介入があれば経験の浅い医師でも長期成績は良好だった、という報告が並んでいます。
一人あたりの症例数そのものより「どういう体制で執刀しているか」のほうが効いている可能性がある、という読み方になります。症例数を並べて比べるだけでは、たぶん答えのほうが出てきません。
施設を選ぶときの手がかりとして、「専門医」の表示はあてになりません。学会名の付いていない表示を見かけたら、どこが認定したものかを確かめてください
6-2. 「ヘルニア専門医」という資格は存在しない

「ヘルニア専門医」という資格は、ありません
- ガイドラインは「専門施設あるいは専門医は確たる定義がなされていないのが現状である」と書いています
- 熟練の域に達するのに必要な経験数についても、確たるものはないとされています
- ドイツとイタリアで学会認定の仕組みが提案されている段階で、国内の制度はまだありません
- 当院の執刀医は日本外科学会の外科専門医です。学会名のない「専門医」表記は、どこの認定か分からないため使いません
同ガイドライン CQ20-1・CQ21-1 より
病院やクリニックを選ぶときの考え方は、どの診療科にかかればよいかのほうで整理しました。数字で比べにくい領域なので、そこも含めて書いています。

よくある質問
失敗率という形で示された数字は、日本ヘルニア学会のガイドラインにはありません。再発率については、腹腔鏡手術と鼠径部切開メッシュ法のあいだで有意な差は認められなかったと書かれています。長引く痛みは腹腔鏡のほうが有意に少なく、血管を傷つける割合や精巣の痛みは切開法のほうが少ない。どの項目を心配されているかで答えが変わるので、外来でお聞かせください。
ガイドラインは初めての片側・男性について、双方を条件付きで推奨するとしています。どちらか一方に決めていません。腹腔鏡が有意に良いのは手術部位の感染、術後の痛み、長引く痛み、社会復帰の早さ。切開法が有意に良いのは血管損傷、精巣の痛み、術式変更の割合、手術時間です。全身麻酔が難しい方や以前の手術で強い癒着がある方には、切開法が推奨されます。
そうとは言えません。ガイドラインでは、再発率について腹腔鏡手術と鼠径部切開メッシュ法のあいだに有意な差は認められなかったとされています。どちらもメッシュで面を覆う考え方は同じです。
経験を積むと手術時間が短くなることは、複数の報告が一致しています。一方で合併症と再発については、経験のある内視鏡外科医の指導下であれば変わらなかった、適切な指導医の介入があれば経験の浅い医師でも長期成績は良好だった、という報告がガイドラインに紹介されています。症例数そのものより、どういう体制で執刀しているかのほうが効いている可能性があります。
そのような資格は日本にありません。ガイドライン自体が、専門施設や専門医には確たる定義がなされていないのが現状だと書いています。熟練に必要な経験数についても確たるものはないとされています。学会名のない「専門医」という表記を見かけたときは、どこが認定したものかを確かめてみてください。当院の執刀医は日本外科学会の外科専門医です。
ガイドライン2024には、TAPP法とTEP法を直接比べたクリニカルクエスチョンが置かれていません。どちらが上という記載自体が無い、ということです。当院がTAPP法をとっているのは、おなかの中をいちど通るぶん見渡せる範囲が広く、反対側や大腿輪も同じ視野に入るためです。
健康保険が使えます。3割負担の目安と高額療養費の計算は手術費用のページに、入院するかどうかの考え方は手術方法のページにまとめてあります。当院は日帰りで行っていますが、全身の状態によっては入院できる病院での手術をお勧めすることがあります。
まとめ

小さく開けた穴からカメラと器具を入れて、弱くなった腹壁を内側からメッシュで覆う。それが腹腔鏡手術で、足の付け根そのものにメスは入りません。
切って直す方法と比べると、手術部位の感染・術後の痛み・長引く痛み・社会復帰の早さでは腹腔鏡に分があり、血管の損傷・精巣の痛み・術式変更の割合・手術時間では切開法に分があります。再発率には差が認められていません。ガイドラインが双方を条件付きで推奨しているのは、そういう内訳だからです。
全身麻酔が難しい方、以前の手術で強い癒着がある方には向きません。重い持病がある場合の日帰りについても、一律に勧められる根拠はまだ無いとされています。
そして「ヘルニア専門医」という資格は、日本にありません。ガイドライン自身が、専門医にも専門施設にも確たる定義が無いと書いています。当院の執刀医は日本外科学会の外科専門医です。
足の付け根のふくらみ全般については鼠径ヘルニア(脱腸)の症状から治療までをご覧ください。土日も診療していますので、平日に来られない方もご相談いただけます。