鼠径ヘルニア手術で尿道カテーテルは必要?3つの判断基準
鼠径ヘルニアの手術を検討されている方とお話ししていると、痛みや傷跡の話が一段落したあとで、少し言いにくそうにこう尋ねられることがあります。「全身麻酔だと、尿道に管を入れられるのですよね」。痛みや傷跡より、この一点のほうが気がかりで受診をためらっていた、とおっしゃる方も少なくありません。この記事では、鼠径ヘルニア(脱腸)の日帰り手術を受けるにあたって、尿道カテーテルがどういう場合に必要で、どういう場合に省けるのかを整理します。デリケートな話題ですし、外来では聞きそびれてしまう方も多いのだと思います。
この記事で分かること
- 全身麻酔の鼠径ヘルニア手術で、尿道カテーテル(尿の管)を入れるかどうかの判断基準
- 当院が原則として留置していない理由と、それを成り立たせている手術・麻酔の設計
- 尿道カテーテルに伴う負担として知られていること
- 例外的に使用を検討する3つのケース
- 手術当日、排尿がどういう流れになるか
1. 全身麻酔の手術で尿道カテーテルは必ず入るのか
1-1. 外来でよく受ける質問
尿道カテーテルについての質問は、たいてい診察の終わりごろに出ます。手術の説明をひととおり終えて、そろそろ日程の話に移ろうかというタイミングです。
「おしっこの管、入れますか」
「前に別の手術で入れられて、あれがいちばん嫌でした」
手術そのものへの不安と、管への不安は、別の種類のものです。前者は病気と治療の話なので説明で解消していきますが、後者は身体的な不快の記憶に結びついていることが多く、説明だけでは納まりません。実際の診療でもよく経験します。
1-2. 当院の方針
当院で行う腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術(TAPP法・日帰り)では、原則として尿道カテーテルを留置していません。
これは手間を省いているわけではなく、入れなくてよい状態を手術と麻酔の設計によって作り出している、という言い方が近いです。詳しくは3章で書きます。
1-3. この記事の前提
ひとつ先にお断りしておくと、ここに書くのは当院の鼠径ヘルニア日帰り手術についての話です。手術の種類や時間、麻酔の方法が変われば、カテーテルの要否も変わります。他の疾患・他の術式については当てはまりません。
それから、原則には例外があります。留置したほうが安全と判断する場合については5章にまとめました。

2. 尿道カテーテルは何のために使うのか
2-1. 全身麻酔中に排尿できない仕組み
尿道カテーテルは、膀胱に細い管を入れて尿を体外へ導くための器具です。
全身麻酔がかかっている間、意識がないだけでなく、尿意を感じることも、自分の意思で排尿することもできません。膀胱に尿がたまり続けても、体はそれを外に出せない状態になります。
……と書くと当たり前のことのようですが、この「たまり続ける」がどのくらい問題になるかは、手術によってかなり違います。
2-2. 膀胱の充満が術野に与える影響
解剖学的に、鼠径部は膀胱のすぐ近くにあります。腹腔鏡で腹側から近づいていくとき、膀胱は術野の視界に入ってきます。
膀胱がふくらむと、二つのことが起こります。ひとつは術野が狭くなり、剥離や縫合の操作がしにくくなること。もうひとつは膀胱そのものを損傷するリスクが上がることです。
内鼠径ヘルニアでは膀胱がヘルニア嚢の一部を構成していることもあり、この部位の手術で膀胱への配慮が必要になる理由は、腹腔鏡手術の術式を見ていただくとイメージしやすいかもしれません。

2-3. 必要性を決めるのは手術時間
膀胱に尿がたまる速度は、その日の水分摂取量や体格によって幅がありますが、目安としては1時間あたり50〜100mL程度です。
必要性を決めているのは、結局のところ手術にかかる時間ということになります。長くなるほど膀胱は充満し、カテーテルの必要性は高まる。短く安定していれば、術前に排尿を済ませておくだけで足ります。
数時間に及ぶ開腹手術でカテーテルが標準的に使われるのは、この理屈です。逆から見れば、時間を短く保てる手術では省く余地があるということでもあります。
3. 留置せずに済ませている3つの条件
「入れません」と言い切るには、入れなくても困らない状態を作っておく必要があります。当院では次の3つで組み立てています。
3-1. 手術時間を安定させる
当院における片側鼠径ヘルニアのTAPP法の手術時間は、皮膚切開から閉創まで中央値65分、腹腔内を操作している時間は中央値55分です。
大事なのは平均の短さより、ばらつきの小ささのほうです。手順を定型化し、余分な操作を排することで、この時間を安定して再現しています。術前に排尿を済ませていただければ、この時間内で膀胱の充満が問題になることはまずありません。
たまに「早ければいいというものではないのでは」と聞かれます。そのとおりで、急いで雑になれば意味がありません。定型化というのは、迷う場面を減らして、同じ手順を同じ順序で踏めるようにしておくことです。
3-2. 気腹圧を上げすぎない
腹腔鏡手術では、お腹に炭酸ガスを入れてふくらませ、操作するスペースを作ります。この圧力を気腹圧と呼びます。
圧を上げれば視野は広がりますが、そのぶん横隔膜や腹壁への負担が増え、術後の肩の痛みや腹部の張りにつながります。当院では必要最小限にとどめる方針をとっています。
3-3. 鎮痛を複数の薬で分担する
創部への局所麻酔、アセトアミノフェン、消炎鎮痛薬を組み合わせ、医療用麻薬の使用量を抑えます。ひとつの薬に頼らず、効き方の違う薬で痛みを分担させる考え方です。
医療用麻薬は排尿障害や吐き気の原因になります。使用量を減らすことが、術後に自力で排尿できるかどうかを左右します。カテーテルを入れないという判断は、麻酔の設計と切り離せません。
| 条件 | 内容 | 排尿への効き方 |
|---|---|---|
| 時間 | 皮膚切開〜閉創 中央値65分/腹腔内操作 中央値55分 | 膀胱が充満する前に手術が終わる |
| 気腹圧 | 必要最小限の圧にとどめる | 腹部の張りが軽く、術後に動きやすい |
| 鎮痛 | 局所麻酔+アセトアミノフェン+消炎鎮痛薬 | 医療用麻薬を減らし、排尿障害を起こしにくくする |

専門医のワンポイント
ご相談を受けるなかで、「手術時間が短い=簡単な手術」と受け取られる方がいます。そうではなくて、同じ手順を毎回同じように踏めるかどうかの話です。時間が読めるから、麻酔の量も、術後の管の要否も、事前に設計できる。順番としては、時間の安定が先で、カテーテルを省けるのはその結果です。
4. 尿道カテーテルに伴う負担とリスク
ここは誤解のないように書いておきたいのですが、尿道カテーテルは必要な場面では入れるべき器具です。危険だから避ける、という話ではありません。必要のない場面で入れると、以下のような負担だけが残る、ということです。
4-1. 留置している間
挿入時と留置中に、尿道の痛みや違和感が生じることがあります。挿入の際に尿道を傷つけ、血尿を来すこともあります。
感染についても知られています。日本泌尿器科学会のガイドラインでは、細菌尿の発生は尿道カテーテルの留置期間と密接に関連するとされ、留置期間は可能な限り短期間とすることが推奨されています。同ガイドラインは、細菌はカテーテルが挿入されると同時に尿路へ侵入を開始する、とも記載しています。
長期留置を前提とした記載ではありますが、「入れずに済むなら入れない、入れるなら短く」という原則そのものは、短時間の手術にも通じます。
参考:泌尿器科領域における感染制御ガイドライン(日本泌尿器科学会)
4-2. 抜いたあと
カテーテルを抜いた後、しばらく尿が出にくい、残尿感が続くといったことがあります。もともと排尿の勢いが弱かった方では、はっきり自覚されることが多いです。
一方で、カテーテルを入れなければ術後尿閉が絶対に起きないかというと、そうではありません。全身麻酔と鎮痛薬の影響で、一時的に排尿しにくくなることはあります。帰宅前に自力での排尿を確認しているのは、この可能性を見込んでのことです。術後の経過は手術後の痛みと回復期間にまとめました。
関連記事:鼠径ヘルニア手術後に起こりやすい合併症とその予防方法
4-3. 心理的な負担
医学的なリスクとは別に、「管が入っている」こと自体の負担があります。
これを軽く扱わないほうがいい、というのが実感です。前回の手術でつらかった記憶は、次を先延ばしにする理由として十分に働きます。しかも本人はそれを口に出しにくい。避けられる不快なら避けたほうが、治療そのものが前に進みます。
5. それでも使用を検討する場合
原則を守ることよりも、その日の安全を守ることを優先します。次のような場合には、カテーテルの使用を検討します。
5-1. 排尿障害の既往がある方
前立腺肥大症などで、もともと排尿に時間がかかる、勢いが弱い、残尿があるといった方です。麻酔と鎮痛薬の影響が重なると、術後に尿が出せなくなる可能性が上がります。
この場合、術中に入れないことより、術後に困らないことを優先するという判断になります。
5-2. 下腹部の手術歴があり癒着が予想される方
過去に下腹部の手術を受けている方では、腹腔内に癒着があることがあります。癒着を剥離しながら進める必要があると、手術時間が読みにくくなります。時間が読めない場合、3章の前提が崩れます。
5-3. 長時間に及ぶと判断した場合
両側同時、再発例、大きな脱出を伴う例などでは、あらかじめ長引くと見込んで留置を選ぶことがあります。術中の判断で追加することもあります。
いずれの場合も、理由は必ず事前にご説明します。「気づいたら入っていた」という状態にはしません。
| 状況 | 検討する理由 |
|---|---|
| 排尿障害 | 前立腺肥大症などがあると、術後に自力で排尿できない可能性が上がる |
| 手術歴 | 下腹部の癒着が予想され、手術時間が読みにくい |
| 両側・再発 | 手術時間が長くなる見込み |
| 術中所見 | 想定外の所見があった場合、その時点で判断を切り替える |

専門医のワンポイント
ご相談を受けるなかで、「前立腺が大きいと言われたので、自分は入れられるのですね」と先回りされる方がいます。前立腺の大きさだけで決まるものではなくて、実際に排尿で困っているかどうか、残尿がどのくらいあるかを見ます。指摘されたことがある方は、初診のときにそう伝えていただければ、そこから逆算して当日の設計を組みます。
なお、すべての方に腹腔鏡手術や日帰り手術が最適とは限りません。既往症、ヘルニアの状態、全身の状態をあわせて判断し、最も適した方法をご提案します。
6. 手術当日の流れ(排尿の観点から)
6-1. 術前
来院後、問診と最終確認を行い、手術室に入る直前にお手洗いを済ませていただきます。ここが実質的にいちばん重要な準備です。
飲水については、当日の指示に従ってください。極端に控えると脱水になり、かえって術後の排尿に影響します。
6-2. 術中
麻酔導入後、手術が終わるまで排尿の必要は生じません。3章の設計どおりに進めば、膀胱がふくらむ前に閉創まで到達します。
途中で想定外の所見があり、時間がかかると判断した場合には、その時点でカテーテルを入れることがあります。
6-3. 術後、初回排尿から帰宅まで
麻酔から覚めたあと、回復室で休んでいただきます。歩けることを確認したうえで、ご自分の足で歩いてお手洗いへ行き、排尿を済ませてから帰宅、という流れが標準的です。
自力で排尿できることを確認してから帰宅していただくため、ここで時間がかかる方もいます。焦っていただく必要はありません。
翌日からデスクワークに戻られる方が一般的ですが、お仕事の内容や回復の速さには個人差があります。日帰り手術のメリットもあわせてご覧ください。


専門医のワンポイント
ご相談を受けるなかで、術後の初回排尿を「テスト」のように受け止めて緊張される方がいます。出ないと帰れないのではと身構えると、かえって出にくくなります。時間がかかっても対応できる体制をとっていますので、そこは気にせず休んでいてください。付き添いの方がいらっしゃると、より落ち着いて過ごせるようです。
この病気は自然に治りません。まれに、腸が飛び出したまま戻らなくなる嵌頓(かんとん)という緊急事態を起こすことがあります。
受診や手術を先延ばしにしている理由が、実はこうした些細に見える不安であることは珍しくありません。「こんなことを聞いてもいいのだろうか」と迷われる内容こそ、お気軽にお寄せください。
よくある質問
手術時間が短く安定していて、術前に排尿を済ませていれば、その時間内に膀胱が問題になるほど充満することはまずありません。当院では片側TAPP法で皮膚切開から閉創まで中央値65分です。時間が読めない場合には留置を検討します。
意識がないため、尿意を感じることはありません。
はい。手術室に入る直前に済ませていただきます。当日はスタッフからもお声がけしますので、忘れる心配はありません。
まれに、麻酔や鎮痛薬の影響で一時的に出にくくなることがあります。当院では自力での排尿を確認してから帰宅していただく流れにしています。時間がかかる場合もそのまま対応します。
排尿障害の既往や手術歴などから、事前に見込みをお伝えします。術中の所見で判断を変えることもありますが、その場合も理由は後から必ずご説明します。
大きさだけでは決まりません。実際に排尿で困っているか、残尿がどの程度あるかを見て判断します。初診時にお申し出ください。
カテーテルの要否は、麻酔の種類だけで決まるものではありません。当院は全身麻酔での腹腔鏡手術を選択しており、そのうえで留置しない設計をとっています。
できます。外来でも構いませんし、その前の段階でも、LINEおよびお電話にて24時間365日ご相談を承っています。
